竹・笹

笹と竹は元来同系の植物としてみているから 紋章のほうでも特に区別されていません。
「竹=笹」としてみているようです。

 「笹」とは「小波(さざなみ)」「細ら(ささら)」「細雪(ささめゆき)」の熟語が示すように小・少・細などの意味が含まれていて、竹の猛々しい有様に対比しての語のことといわれています。

  竹と笹の明瞭な区別は? 
(1)幹を竹、枝の先端の葉を笹という
(2)竹が生長後といえどもタケノコの皮をつけているものをササとよび、成長とともに皮を落とすものをタケとよぶ。
(3)幹の直径が1センチ未満でタケノコの皮をつけてないみたいな細さで成長し、葉の面積の大きいものをササとよび、それ以外をタケという。 など種々の説があり、呼称でもヤダケ(弓の矢用のたけ)カンチク(十月頃タケノコが生えるので寒竹)メダケ=アズマザサ=シノザサ(古来から自生しているタケ)真竹(幹の直径十センチ内外でタケノコは食用)蓬莱竹・葉竹(筍は食用になり細工物・釣竿に利用)クマザサ(日本全土に300種類あまりある)阿亀笹=アカメササ(豊後笹ともよぶ、葉は卵形) 
 (要は「竹でも笹と呼ばれるものもある」 と言いたかったのです。 家紋では竹も笹も一緒 ということ)

「笹」にまつわる話に、 一般的な年中行事としての七夕があります。
   その夜は「竹笹」が主役として登場します。
  七夕は奈良朝時代あたりの星祭り(天の川・牽牛織り姫伝説)が混同した、といわれております。
  七夕伝説の多くは羽衣説話系統に属し、結末が水に流すか没したりしているのは、農耕儀礼の大切な節目と位置づけられていた。
  「盆」という祖霊祭の七日前である。祖先の霊を迎えるためにいっさいのケガレを祓う夕であります。
門に竹笹を立てることは夏の正月とも言うべき祭事で、「門松」とみるとうなずける気もします。
(農耕儀礼に由来した とか 羽衣のように「物事がすべて未達成で終わる」などに由来するとは考えにくい。)

珍説:
  平安時代に生まれた「竹取物語」は竹の中から生まれたかぐや姫に、五人の貴公子が求愛するが、いづれも失敗し、姫は満月の夜に昇天してゆく。
  仏教的とか神仙的思想があるとは思いますが、直接の背景は、食用の新品種のタケノコの需要を高めるための 「食生活拡充コマーシャル・ストーリー」として記された作品ではなかったか。??? (現在みたいに 売らんかな と広告を出したのだろうか?) 脱線したので軌道修正します。

竹にまつわる話しで有名なのが中国の「竹林の七賢人」の話しである。
  その中にでてくる「竹林」は世俗を清める汚れのない清浄の地と位置づけられております。
「竹林」を関連のある「笹」の図柄にし、この話しの中身を濃縮して「笹」として表現した。 「笹」は消毒作用をもった生活用品である(保存食としてのチマキ)ので、その薬効をめで、人の通わぬ深山でも たくましく 清楚に生き 人の役に立つ と言うような意味を込め 座右の銘のシンボルとした とも受け取れます。
  竹にまつわる祭礼行事で有名なのに「鞍馬寺の竹切り」があります。たすきがけの武者わらじの僧が長さ2間 円周一尺もある青竹をすばやく四つに切り本坊をかけのぼる。青竹を切ることは大蛇退治をなぞらえたと聞いております。(いまさら 英雄奇談を家紋のいわれにする事もないでしょうが) 切り竹と関係ある話といえばこれくらいしか見あたりません。