「桐」

  桐の花と葉をデザインした紋章のこと。
ゴマノハグサ科の落葉植物。中国が原産らしい。葉は有柄で対生し広卵型。 初夏の頃、大型の円錐、花序を出すが、先端は不揃いな五つの分裂をみせる。
  淡い紫色のツリガネ形をした花を開き甘い香りが漂う。
喬木で10メートルぐらいに成長する。
樹幹の中が空洞になっているので、「桐」の字が作られたと伝えられています。

 「桐」を「キリ」と発音するのは、切ると早く芽を出し、ぐんぐん生長するからと言われています。
貝原益軒の「大和本草」には「この木 切れば早く長ず故に桐といふ」とあります。 樹の生長が早いため、娘の生まれたときに植え、嫁に行くときに箪笥、長持を作るのに当てるのは生活の知恵といえるが、何本の桐の木があるかで嫁に行っていない娘の数をよまれる恐れがあり、 要注意???

  「桐」が「高貴な紋章」となったのは、古代ペルシャからガンダーラ・天山山脈・中国経由のシルク ロードの時代に日本へ伝えられた楽器に由来するといわれております。
  琴や琵琶などの楽器は平安時代には皇室・貴族階級しか手にできなかった。
これらの楽器を製作する ための素材に用いられたことが、深く関わっているのではあるまいか。
  中国では桐に伝説の瑞鳥「鳳凰」が棲むという伝説があるため、桐を瑞木として信じるようになった。
「鳳凰高岡に鳴き梧桐生ず」とか「白氏文集」には桐花の咲く高い枝に鳳凰が棲んでいて、「君万歳」と鳴いている、という王者祝福の詩があります。
 美しい声をもつ鳥禽が、高い桐の枝の上でさえずったり鳴いたりするのは、洞木となった樹幹の 中や「紫」色の花にも「高貴さ」が浸透していると信じたからではないでしょうか。

  桐の文様が鳳凰や竹とともに衣服に用いられたのは、平安初期の皇族の間で中国ムードのモダンボーイといわれた嵯峨天皇(820年前後)といわれています。

  桐紋が広く用いられるようになったきっかけは、足利尊氏が後醍醐天皇から桐紋を下賜され、その後 足利家が領地や金銀よりも安上がりで権威を保てる方法として、勲功の武将に桐紋の下賜を乱発したのが始まり。
  織田信長も足利将軍にならって乱発して、秀吉は豊臣姓と桐紋を与えている。
  徳川末期には諸大名・幕臣 で桐紋を用いているのは一千百余家に及んでいます。

 こういう訳で、桐紋は菊紋と並んで皇室の紋としての価値は保持しているものの、菊紋は貴族たち が使用を遠慮しましたが、桐紋は皇室専用の紋ではなくなりました。 明治にはじめて作られた二十円金貨には、表に皇室の象徴である日月の旗と、菊、桐の紋を配置。 以来、硬貨のデザインに菊や桐が多く用いられましたが、富士山や稲、鳩などに変わりま した。そして、昭和三十年の旧五十円ニッケル貨に横見の菊が復活しました、現五百円硬貨には再度、桐が登場しています。