片喰(酢漿草)かたばみ

 片喰はカタバミ科の多年生草木で、スイモノグサ、スグサとも呼ばれていて、ハート形の 葉がクローバーに似ている雑草でどこにでも生えています。 葉にはシュウ酸が含まれていて 噛むと酸っぱいので「そしょうそう(酢漿草)」とも書かれている。また 夜になると小葉の面を両方からたたむ様に閉じるので「スズメのハカマ」の異名もあります。

  カタバミは、葉の一辺が食い込む様にみえることから「片食み」、葉が三つの片葉から できていることから「片葉三」だと言う説があります。

 このカタバミがどんな理由で紋章に登用されたのか。
*繁殖性が旺盛で子孫繁栄の祈りを込めて 多くの武家でに好まれた と言う説。
*デザイン化した場合、優雅端正なスタイルであったからと言う説。
*カタバミをつぶしたとき出るシュウ酸を含んだ液は、湿疹/かぶれとか毒蛇に噛まれたときの解毒用に、また古代から鏡を磨くサビ取りの汁液にも使われた。
 など ことの外  重宝されていたので、このカタバミの効果を祈念して と言う説。

いろいろな説がありますが 紋章となった一番の理由はやはりデザインとしての紋様からとみるのが、順当と思われます。
  片喰紋使用家にて有名なのは、太平記/新田軍の中に片喰紋を掲げている武将がいたと言 われている。
肥田氏・平尾氏・多賀氏・長宗我部や戦国期の宇喜多直家・江戸期の酒井 ・森川の大名ほか旗本百六十余家が用いていたと言われています。 現在でも、藤紋・木瓜紋に次ぐポピュラーな家紋です。
 小生の住んでいる四国では長宗我部氏の影響が強かったためか片喰紋が多くの家で使われております。
それもいろいろと変化を付け、丸に片喰・丸に剣片喰・井桁に片喰・木瓜 に剣片喰・子持ち隅切り角に片喰・隅入り平角に片喰等々 当町の墓地を探索するのがたいへん楽しいです。

 さて、長曽我部氏は、流人として追放された「蘇我氏」が土着したのが土佐/安芸郡で「安芸一族」を名乗っていたのですが、その勢力が拡大するにつれて一族の目印としての家紋を揚げる必要に迫られ 、愛用の文様の中から選んだのが片喰紋で、文様の一部をえぐりとったといわれています。
  その安芸家を乗っ取ったのが長宗我部氏で片喰紋を朝廷より下賜されたと言われている。

 次ぎに「宇喜多」家の場合 祖先は朝鮮の百済からと言われており、海人集団として備前 に渡来し吉備氏族と称しました。海人集団の多くは航海上必要な曜星信仰を持っていて、三つ星紋をその原初体とする見かたがあります。
  散見される諸氏の紋は三つ盛り片喰紋であり「品」と言う字のスタイルで、一つ片喰も品のスタイルをしています。「舶来貴族」の優越感を誇示 するのに用いられたと言われています。
  「片喰」に「剣」が加えられたのは、羅針儀の針・ 武士(武闘集団)であることなどを伏線にしているのではないでしょうか。
 近江のカタバミ紋の多賀氏は、実体は佐々木氏一族であります。佐々木氏は中国一円の 諸国を氏族間で交互に「守護職」を勤めた名族で、多賀氏の紋もその頃の所産と言われてい ます。 

 江戸期で代表的な片喰紋使用家は佐々木氏からでた森川氏一族と、近江からでた 酒井氏、三河からでた酒井氏の一門に普及がめざましいものがあり、幕末には前記の通り大名ほか旗本百六十余家の多家にわたっています。

 家紋の生い立ちは、その家紋を使用していた有名な家の歴史をたどると結構推測できるものですが、このカタバミのように普及が著しく、また、流れが多岐わたっていると、すべてが 推測の域を出ず、説話として語り継がれているものは、後世に創りあげられた「マユツバ」 ものが多いものです。
  あなたの家の「かたばみ」紋は、持ち備えている性質を考慮にいれて、独自の意味・説明を 持たせることも一計かと思います。