引両   
 引両紋については、何をデザインしたのか明らかな定説がありません。
  この紋ほど素性育ちがあいまいなで、不明なものはありません。さらにこの得体の知れない紋章を用いている家が数多くあるとなると、さらにややこしくなります。
 また「ヒキリョウ」という用字も固定していません。引領、引料、引輌、引竜、引両筋などとも書き どれが本物かわかりません。
 これは 「リョウ」という字の解釈によります。

1)両は「二つ」の意味。したがって引両は二つの線を引いたもの。

2)リョウは霊(りょう)で引き霊との見方をする。
 一本の線は日精をかたどり、二線の場合は月精をあらわす。
 日の古字が◯のなかに横一棒、月の古字が◯のなかに横二棒 だといいます。
ならば 三本・五本引きはなに? と説明を求めたいが「・・・・」返答に窮する。

3)リョウは竜。
  引き竜は「一」で表現している。「周易」の「乾」の卦がこれにあたります。

4)線を引いて領分を決めた、引領説。
  古来から、辺境に神霊が宿るという思想がありました。

5)リョウは量、つまりハカリのこと。
  長いハカリを表している。

引両の両が領地の領だろうと日精月精・竜だろうと、その判断はこの紋を用いている当人の判断にまかせたい。

足利二引き両 新田大黒中 丸に二つ引き
七つ割二引き 九つ割三つ引き 三浦三つ引き

 このほか うなずける説明のなかに「幕紋」からきたと言われているものがあります。
現在の紋は、丸とか丸の内とか輪郭がありますが、それは近世になってからで 昔は無いのが普通でした。

 武将は戦場で陣屋として陣幕を張り、Headquarter(HQ)とした。誰のHQかが判る目印だから夜でも大きくはっきりしていなければなりません。
 もともと源氏の陣幕が全部白だったのを、同じ源氏の足利氏が長い陣幕の中に黒い二本線を付け足した陣幕にしました。布の五幅を縫い合わせ幕の上、中、下三幅を白にしてあとの二幅を黒染めとした。
 「大中黒」とよばれた新田氏の一引両は五幅幕の上下二幅を白にして、真中三幅を全て黒染めとした。
これなら夜目にもはっきりとわかります。
 この幕紋を、雑兵・足軽たちの羽織にも黒線一本とか黒線二本と染め抜いて「制服」様に着用させたのです。テレビの戦国ものの合戦場面で、雑兵の戦羽織などで見かけられます。
 この説は、実用面からかなり説得力を持っています。
  室町足利幕府は「派手」好みの幕府だったので、当然ふところは逼迫していたと思われます。
 金を得るためならば、なりふり構わず、家臣に対し、ただの物なら惜しげもなく与えて謝礼の献金と替えた様で、この方式は現代の社会でも残っていて、いろいろと問題を起こしています。家紋などは格好の金づるとなったわけです。

  戦国大名でこの紋を用いているのは 足利将軍より賜ったと言われているものが多いようです。
引両紋はもともと幕の文様から転化したものなので、横引きが本式のはずですが 縦引きの紋もあります。
縦型を別名で「粒子(りょうご)引両」とも呼んでいます。