扇・団扇・軍扇

 「うちわ」は元来日差しを避けるための器具であり南方系文化に発生した。
時代と共にその 文化圏が北上したと考えられます。
  「うちわ」「おうぎ」「せんす」「ぐんばい」と呼称は異なりますがもとは同じもの。
  万葉の時代には「サシワ」といって、高松塚古墳の壁画や乙姫様の物語に侍女がX型に両側 から女主人の頭上にサシワを掲げている絵がありました。 古くは鳥の羽のものだったらしいが、王侯のアクセサリーだった。
しかし、この器具は羽をもって作られていたことから、高い天空の神霊を招きおろす呪術器具 としての性格が備わり、祭政一致の民俗から政治活動の決定具となってきた。
  呪術的性格と王侯のシンボル化の進展に従い、柄も短くなり、羽もいつの間にか絹張り紙張り などの簡便なものに変化してきた。

  日本で折り畳むことのできるオリジナル扇が出現するのは平安朝期かららしい。
  扇のデザインからいえば、板扇と摺畳扇(すりたたみおうぎ)に分けられ、板扇は檜扇に、 摺畳扇は今日の扇子になった。摺畳扇は地紙と竹骨からできており、骨には平骨と細骨があった。
  鎌倉期の扇の骨は十本、室町期になると十二本になった。
日本最古の扇は厳島神社にある摺畳扇 とのことで、五本骨の片側張り。
  時代が進み、骨を紙の中に入れる差し骨法になって、室町中期に広く普及するようになりました。
  扇の先の紙が開くように、親骨の端を外へ反らして作ったものを「浮折=うきおり」といいますが「末広がり」のスタイルは縁起が良いと喜ばれました。
 銀杏の葉のような半開きにした形なので「中啓=ちゅうけい」とよばれました。
 現在の名称には「中啓」は無く「半開き扇」となっております。
源平の時代から高位の者が「名誉のしるし」として自分の持ち物を恩賞に替え下賜したことは 多く伝えられています。扇もその内の一つではなかったでしょうか。
  扇紋は扇をデザインしたものですが、中啓紋は中啓を、地紙紋は扇の地紙をアレンジしたものを表し、扇骨紋は扇紙を剥がした骨組みだけのものです。たいへん変化に富んだデザインの多様な部門です。